2026/02/20

修証不無、汚染即不得

日中ついに10℃に達せず。
ウォーキングは昨日でよかった。
 
終日外出せずに本読み(まねごとです)。
『六祖壇経』機縁品の後半、六祖慧能がやってきた南嶽慧讓と交わしたという超有名な会話
おお、ここに出てくるのかぁ! という気分。
 
  師曰、「甚處來」。曰、「嵩山」。
  (先生はいう、「どこから来たのか」。いわく、「嵩山です」) 
  師曰、「什麼物、什麼來」。曰、「説似一物即不中 」。
  (先生はいう、「どんなものが、どんなふうに来たのか」。いわく、「何かを説明した
   ら、もうすかたんです」)
  師曰、「還可修証否」。曰、「修証不無、染汚即不得」。
  (先生はいう、「いったいそれを整えたり確かめたりできるのか」。いわく、「整えた
   り確かめたりすることはもちろんないのではありません、それを色づけることがいけ
   ないのです」)
                            

現代日本語訳は柳田聖山先生。
しかし「すかたん」(見当違い・間抜けなこと)というのは関西弁だな。 
意味はネット上からも探せますが、簡単にはいえません。  
ちなみに道元禅師『正法眼蔵』では「洗浄」の章に一部が引いてあり。
  仏祖の護持しきたれる修証あり、いはゆる不染汚なり。
  南嶽山観音院大慧禅師、因六祖問、還仮修証不(また修証を仮るや不や)。
  大慧云、修証不無、染汚即不得(修証は無きにあらず、染汚することは即ち不得なり)。
となっていて、これもなかなか重要なところに位置づけられています。  
 
 

 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

右ページの後半です  

ちょうど床の間に掛けてある軸がそこでした。墨跡は妙心寺山田無文老師のもの
ただしここでは「汚染(まぜん)」は「染汚(ぜんま)」になっており、かつ「即」がない。


 

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