逍遥游
2026/07/21
2026/07/20
2026/07/18
2026/07/16
暑中お見舞い申し上げます
気温36℃。炎天下のアスファルト上だと40℃近い。
熱風に身体が包まれると朦朧として、もはやその暑ささえ感じないほど。
そんななか今夜は京都は前祭りの宵山、明日は巡行というのだから恐れ入る
関係者は身体の心配が先に立つのではないか、ご自愛のほど祈りあげます。

2026/07/14
2026/07/13
海辺で潮風にあたった肌がべとつくような感じ。
夜半までエアコンをかけ、その後窓を全開。
早朝の里廻りも復活、なんとか生きております。
2026/07/11
2026/07/09
回復は8割という感じだったが学校へ。まだ本調子では無かったが、こういう時は思い切って外に出た方がよい。町に近づくにつれてたしかに徐々に活性してきたような‥‥。
授業以外はずっとよく冷えた図書館で本読み。定評あるミネルヴァ日本評伝選の船岡誠著『道元―道は無窮なり』をなんとか通読。正法眼蔵も随聞記も全く読んだことが無い向きには難しいと思うが、少しでも親しんだ人には、そのとんがった思想をあれこれ論じるのでは無く、あくまで評伝としてその生涯にそってその行動や著述を吟味しつつ、見通しよく話が展開するので安心して読めた。宋へ渡り、先師如浄について「身心脱落」してから帰国するまでが長く、これで最後までいけるのかと少々不安になったが、逆に言うと、あまり主著である正法眼蔵の世界、思想の部分に過度に入り込むのを避けたのだろう。そしてそれは成功しているように感じた。
ミーハーな道元ファンにとっては、やはり気になるのは3点。なぜ京都を捨てて越前に行ったか、なぜ鎌倉へ行ったか、再起の困難が予想される中でなぜわざわざ遠路京都へ療養に出向いたのか、ではないか。
特に如浄に権力者への接近を戒められていたにもかかわらず、北条時頼の招きに応じて鎌倉に布教に出かけながら、結局道元的には「不首尾」に終わったことについては、どういいつくろっても居心地が悪いものである。近年の研究状況を踏まえ、これをいわば栄西の興禅護国の論のひそみにならい、道元なりの王法と佛法のあり方を提案するも受け入れられなかったとする。「失意」のあとに道元のとった行動として、新たな正法眼蔵の構想へと進んだとみるのは穏当な評価だと感じた。人間ものを言い、ものを書き、行動するにはかならず原因・背景がある。たぶん。できれば最期の謎への言及もほしかったが、それはなかった。ないものねだりである。
嵯峨野線(山陰線)円町駅南口
同上 北口
馬代通丸太町下ル
この界隈『二十歳の原点』ゆかりの地だな
2026/07/07
2026/07/05
2026/07/04
梅雨の雨はしとしとと降るものとおもっていたが、
もう連日の集中豪雨だ。
この週末も雨模様だが、そのあとは酷暑到来の予報。
今日を逃すとしばらくいけそうに無いと思い立ち昨日湖東の町に調べ物に行った。
早くに着いたので鈴鹿の山間まで車を走らせた。
涼しいのだ。エアコンは不要。目に入る景色も涼やかだ。
野菜変相図 今朝は西瓜が登場 右手は玉葱の皮 鰹節ではありません
今朝のドラム缶 我が家にも一つほしい
アカメガシワの花 荒れ地に跋扈するのはこいつと葛 生命力強い




























