2022/01/13

謄写版を買ったころ

「日本の古本屋」サイトのメールマガジン、昨年12月号の書物蔵氏の文(シリーズ古本の読み方2)に目を通していたら謄写版のことが記されていて、文の趣旨とは離れて、昔のことを思い出しました。
臘引きのあの独特の匂いのする原紙を使って、日常的に鉄筆で文字や絵を描いて刷った経験のあるのは私(昭和34年生)なんぞの世代がそろそろ最後ではないかと思われますがどうでしょう。
小生は小学校六年の時に新聞委員を仰せつかって、クラス通信を毎週発行していたので使い方も知っていますし、卒業式当日の朝も最終号を発行して、せっかく買った貰った新しい服をインクで汚してしまった、なんてこともありました。

小生じつは、謄写版を個人として所有していたことがあるのです。昭和53年ころかな、近所に文房具屋さんができて、それが田舎なのに、えっと思うほどいろんな文具が仕入れてありました。開業にあたって問屋から押しつけられたのでしょう、そのなかに謄写版(おそらくVANCO製)がありました。
机を半ば占領するくらいの大きさ。木製でニス塗り、大きなふたを開けると、目の細かい紗(スクリーン)を貼った本体が出て来ます。要所にステンレスの蝶番やバネが仕込んであり、いまから思うと木製の大型カメラにも共通するような神々しさがありました。インクをヘラで注意深くすくいとって盤の上に取り、それをゴムローラーで伸ばすときの「ニチャニチャ」という音、スクリーン上を動かす時の「スー、スー」という音、スクリーンを上げるときの「ギー」いうバネのきしむ音など、四十数年経った今でもはっきりと覚えていますね。

高校生にとって、孔版印刷用具一式金15000円也は大金でした。そのお金をどう捻出したかもう覚えていないのですが、衝動的に買ってしまい、お店のご主人にいたく感心されたことを思い出します。それでなにを刷ろうとしたかというと、それは郷土研究誌。自分が作った歴史研究部の活動成果を、先生の世話にならずに作りたかったというのがはじまり。うるさい学校だったので職員室でペコペコして輪転機を使わせて貰うのがいやだったんですね。その後大学時代になってもサークル(わずか3人でしたが)の会報づくりなどに活用しておりましたが、何分鉄筆の使い方、インクの盛り方など、基本的なことを学ばずに我流で使っていたので、刷りはいつもムラだらけで、満足のゆくものとは言えませんでした。

思い出すに、臘原紙はその後急速に廃れて、高校ころはボールペン原紙に代わり、さらにそれが輪転機で使えるようになっていきます。一方少部数の冊子やレジュメは青焼きでしたね。ジアゾ式。学校に備え付けの「青焼き」のマシーンは酷使されていて、上手く現像できず、直接現像液を刷毛につけてベタベタと塗りつけ、冬ならスチームに並べて乾かしていたことも懐かしい思い出ですね。「ゼロ」とか「電リコ」なんて呼んでいた今のコピー機の先祖は、「白焼き」と言いましたが、まだ1枚30円とか50円とかして、学生はなかなか手が出ませんでした。しかも古い湿式のやつは妙に臭かったですね。

大学も後半になるとロットリングで専用紙に手書きして、これを回転式のドラムに巻いて、平行してまわっている原紙を「切っていく」方式に変わりました。ゼミが始まるのに、ドラムのまわるのが遅くていらいらしたこともありましたっけ。ただ、これなんかは輪転機とドッキングして、いまも盛んに使われているリソグラフなどの軽印刷機につながっていく技術なのでしょう。あのころは原紙を切ること、転じて版下を書くことを「カッティング」、刷ることを「スッチング」なんで言ってましたっけ。輪転機のインクの匂いが漂うクラブのボックス。今でも思い出しますね。

先にも述べたように、世間ではもうそのころは謄写版は見捨てられたも同然の道具でしたが、ともかく小生の目的は「印刷システムを手に入れる」ことだったで、それなりに満足していたと思います。つまり一種の「メディアごっこ」。青春期特有の幼いディレッタンティズムといえましょうか(今もやってることはおんなじかな)。やがてその存在が勉強部屋のなかで疎ましく思い始めた頃、友人の一人が、在学中に突如和文タイプを購入。これには驚かされました。謄写版はしょせん手書き、和文タイプはなんといっても「活字」ですからね、格が違うと思い知らされて、それからしばらくして謄写版は物置に放り込んでしまいました。

大学を出て就職した頃(昭和58年)は、まだまだ和文タイプ全盛。さらにきちんとした文書は「タイプ室」にいらっしゃるタイピストの女性が本式のタイプで浄書していました。カーボン紙なんかもまだ現役でしたね。さすがにもう和文タイプを買うには至りませんでしたが、その後やってきた家庭用ワープロは、まだ1行全部が表示出来ない、ごく初期の製品から購入することになります。そう、小生のデジタルガジェット放浪記の始まりです。






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