陽が昇る前にさっと里廻り。
今夜はびわ湖大花火大会、有料二年目だった昨年は始まると同時にスコールになった。
今年はどうか、湿気がやや高いのが主催者には気がかりだろう。
空は刻々と変化する
空は刻々と変化する

ネット時代だがゲルマラジオ以来ラジオには愛着がある
以下今朝の里廻り

40度近い酷暑が続くと、蚊の動きも鈍い。
今年は藪蚊の羽音を聞かないし、刺されることも減った。
蚊がヒトを含めた動物を刺すのは、メスが産卵のための栄養を得るためで、
ふだんは草花の蜜や水分で生きているという。
刺されれば痛いのでその所在がわかり、親のかたきとばかり叩かれてしまう。
痛くなければ気がつかないまま存分に血が吸えるのに惜しいことである。
蚊の発生以来ずいぶん学習したのにどういうことか、
進化というのはそういうことではなかったのか? 不思議である。
もっとも人間の学習も色々あったが、今日も数カ所食われてしまった。
5日から夏の甲子園がはじまる。
滋賀代表の県立八幡商業(八商)は、16年ぶりの出場という。
帝京高校に対する九回満塁ホームランは覚えている。
校歌の作詞は土井晩翠・作曲は東京音楽学校、
その一番にある「健児日毎のいそしみは 邦と民との富の道」というところが気に入った。
来日したアメリカ人青年W.M.ヴォーリズの最初の仕事場だった。
有力私立高校が独占する甲子園で公立高校らしいプレーを期待。
ビニール製のカラス

B案

回復は8割という感じだったが学校へ。まだ本調子では無かったが、こういう時は思い切って外に出た方がよい。町に近づくにつれてたしかに徐々に活性してきたような‥‥。
授業以外はずっとよく冷えた図書館で本読み。定評あるミネルヴァ日本評伝選の船岡誠著『道元―道は無窮なり』をなんとか通読。正法眼蔵も随聞記も全く読んだことが無い向きには難しいと思うが、少しでも親しんだ人には、そのとんがった思想をあれこれ論じるのでは無く、あくまで評伝としてその生涯にそってその行動や著述を吟味しつつ、見通しよく話が展開するので安心して読めた。宋へ渡り、先師如浄について「身心脱落」してから帰国するまでが長く、これで最後までいけるのかと少々不安になったが、逆に言うと、あまり主著である正法眼蔵の世界、思想の部分に過度に入り込むのを避けたのだろう。そしてそれは成功しているように感じた。
ミーハーな道元ファンにとっては、やはり気になるのは3点。なぜ京都を捨てて越前に行ったか、なぜ鎌倉へ行ったか、再起の困難が予想される中でなぜわざわざ遠路京都へ療養に出向いたのか、ではないか。
特に如浄に権力者への接近を戒められていたにもかかわらず、北条時頼の招きに応じて鎌倉に布教に出かけながら、結局道元的には「不首尾」に終わったことについては、どういいつくろっても居心地が悪いものである。近年の研究状況を踏まえ、これをいわば栄西の興禅護国の論のひそみにならい、道元なりの王法と佛法のあり方を提案するも受け入れられなかったとする。「失意」のあとに道元のとった行動として、新たな正法眼蔵の構想へと進んだとみるのは穏当な評価だと感じた。人間ものを言い、ものを書き、行動するにはかならず原因・背景がある。たぶん。できれば最期の謎への言及もほしかったが、それはなかった。ないものねだりである。
嵯峨野線(山陰線)円町駅南口
同上 北口
馬代通丸太町下ル
この界隈『二十歳の原点』ゆかりの地だな