2022/09/01

終日降ったり止んだり。台風が前線を刺激して、まるで梅雨末期のような降りよう。
エアコンもふたたびフル稼働だ。

夏休みはあと1ヶ月。
老母の介護が重くなり、長期戦にややくたびれも。
後期の授業出席は1日減すことに(音声とレジュメは提供されるので助かる)。












*水上勉『一休・正三・白隠  高僧私記』。表紙(白隠筆)に惹かれて読み始める。
 これは小説ではなく評伝。「武人禅」の正三に対する筆がいちばん冴えているようだ。



2022/08/31

今年もラジオ体操は聞こえないまま、八月が終わろうとしている。

今日は湖畔の施設で勉強会。
ぼーっとしているとますます老化する。
じっとしていると身体のキレが悪くなる。
小人閑居のたとえもある。

*午前6時 まだ爽やかだった

















*午後3時 台風によるフェーン現象とやらで、猛烈な暑さと湿気が襲う。


2022/08/30

早生の刈り入れが始まった。
昨日あたり一気に進むかと思われたが、そうでもない。
今週はこれから雨続きなので、他人事ながら心配になる。
機械で一気に済ませられるとはいえ、炎天下の作業はしんどかろう。
少々の雨なら刈り取って乾燥させるのだろう

子どもの頃は稲刈りといえば10月も後半だったと記憶している。
さらにその昔は11月。片付けが出来たらもう師走だったのである。
農繁期は近くの公民館で共同炊飯が行われ、農家の子どもたちはそこで食事をとっていた。
稲藁の香ばしい、鼻がむずむずするような匂いが村中に充満していた。


*近頃はこんなのが鳥威しになっている
















*午後2時台はダイヤの間隙をぬっていろんなのが走ってる

















*ニラの花 清楚な外観だが、匂いはなかなか……


2022/08/29

朝は初秋を思わせる。短パンとTシャツでは肌寒いくらい。
まだ日中30度近くあるが、当方のしきい値も上がっているので、もう秋にしてしまおう。
午前中は買い物。店頭にならんだ野菜も秋の気配を感じさせる。
今年はカボチャは当たり年とみえる。マロンカボチャでなくても十分だ。
茄子もうまい。ここ数年甲賀の下田(しもだ)茄子を楽しんでいる。

*夜明けの機関車 運転士さん律儀にマスクしてますな ここは引きがない。







2022/08/28

夜が明けるのが遅くなった。暦をみると今日の日の出は5時26分とある。
小一時間近所を走る。秋草が元気だ。
久しぶりに山間の畑を訪れると、草に覆われ荒れ放題だ。
来年あたりは、ここも住宅地に姿を変えているかも知れない。

その後空気が乾燥し、風が通る、夏休みの終わりらしい天気になる。
午後青空の下で自転車を走らせる。ほんとうに久しぶりのこと。
そろそろ町歩きも再開したい。























2022/08/27

涼風に誘われて早朝の一走り。
熱気が去って汗もかかない。まだ油断ならないが、季節が変わったようだ。
川に降りていく人物を発見。オヤッと思い川面を見ると、なにやら黒い物体。
ははーん、仕掛けだな。
漁業権が設定されているような川ではないので問題は無い。
どうも何カ所もカゴを伏せているようだ。
今朝は入っていなかったようだが、鰻でも狙っているのか?
チラリとこちらを見たが、単なる物好きや自然観察ではあるまい。
手にカメラ・スマホを持たないので、流行のユーチューバーでもないらしい。



 

2022/08/26

早朝、いつもなら外に出るのだが、しとしと雨が降っていて、そのまま寝床にいた。
老母の朝食をすませたら、家人がそとは涼しいというので、自転車にまたがった。
たしかに厳しい日ざしはなくなり、気温もさがっている。

ついでにちょっと買い物もというので、大きめのショルダーバッグにカメラを放り込んだ。
このところ相棒はNikon最後の一眼レフ普及機になったD3500に、チープな外観のAFニッコール28-80mm 3.3-5.6Gをつけた超軽量セットだ。D3500はレンズの選択肢が限られるが、これはGレンズなのでピントはMFだが露出はオートが使える。APS-Cに35mmフィルムカメラの28-80mmをつけるわけで、換算42-123mm相当。歳を取ると昔のように広角が必要なくなり、標準から中望遠レンズが使いやすい。20年前のこのキットレンズ、噂によると名玉の誉れ高いらしく、撮ってみるとそんな気もしてくる。たぶんプラセボ効果だろう。
















































*なんということもない川だが、ここ200メートル程なぜかコンクリート護岸がない。
その「効果」はてきめんで川岸は植物が豊かに茂り、蔭をつくって虫たちもやってくる。たぶん水生昆虫も繁殖していることだろう。いつまでのこされるかな。写真はハグロトンホのようだ。
後日談になるが、この場所で、翡翠色の鳥カワセミで出会えた。オイカワなど小魚が棲んでいるから、餌場になっているのだろう。カワセミというと深山幽谷に生息するようなイメージがあるが、けっこう人里近い小川や溜池で姿を見ることが出来る。小生も何度も遭遇している。

2022/08/25

秋草





















今日手にしたのは 大島洋『アジェのパリ』みすず書房 1998。
線引きがあるので格安。もとの所有者はこれを資料として読んでいた気配。
大島自身も写真家だが、本書には一切その写真はない。文章がよませる。


2022/08/24

おや、気のせいか? 涼しいぞ。



昨日ブックオフで下村湖人の『現代訳 論語』を入手した。110円である。下村は『次郎物語』が著名で、論語を冠する本としては『論語物語』の方が一般に知られる。もともと教育家であり中国学者ではないので、その方面では「その他の訳者」といったあたりでかろうじて紹介される程度。もしかするといまでいう「ビジネス論語」の走りといった見られ方をしているのかもしれない。購入した本もPHPからの再刊(2008年・元版は1954年)なので、まずはそういう読者層をねらったものだろう。小生この本の存在を知ったのは、とある研究者のブログ。学問的な評価はわからないが、一読してなかなか練られた訳文で(本人の前書きでは古・新両注を斟酌して、言葉を補いかなり自由に訳したとことわってある)、かんたんな注や補說もついていてわかりやすく、読んでいてひきこまれる。教育者・文学者であった湖人の晩年の精華なのだろう。

訓読を通じて、なんとか読んだつもり、わかったつもりにはなれても、それじゃ日本語訳にできるかというと、それはまったく別次元。しかも相手は天下の論語である。専門的な学識はもちろん、幅広い教養、文学的な力量も問われるたいへんなお仕事。現代語訳と銘打った本のなかには、そのあたりちょっとあやしそうなものも流布している。しかしそれも含めて「売れる」ということは、一般の論語に対する関心がまだあるということとの裏返しでもあるだろう。どんな分野でもファンを増やすには、よい入門書は欠かせない。

論語の訳解書としては金谷治の『論語』(岩波文庫)、吉川幸次郎の『論語』(もとは朝日文庫などで読めたがながく絶版。近ごろ角川ソフィア文庫に入った)が入手しやすいし定評がある。新注に基づく訳としては手に入りにくいが、倉石武四郎訳(筑摩世界文学大系5 所収)が高く評価されている。今回の本には惜しくも原文は付いていない。やはりあったほうがいい。なんて思っていると、市場にはすでにそういうバージョンもあるらしい。いずれにしても論語は時代により、人により、立場思想により、さまざまな読まれ方をしてきた書物なので、先入観をもたずいろいろと読んで見たい。

*オビには「日本人なら一度は読んでおきたい」とあった。いまはどうだろう。







2022/08/23

5時に起きて墓掃除へ。盆の供花も枯れて、そろそろ秋の気配と行きたい所だが
現実は厳しい。燃えるような朝焼け。今日も35度近くになるらしい。
そろそろ夏にはお引き取りを願いたいところ。
そままま自転車にまたがって、一時間あまり走ってみる。
路傍に白いユリが咲いている。ここ数年一気に増えた気がする。
ちょこちょこならまだしも、群生しているところもあってそれはちょっと妙な気分だ。
台湾原種のタカサゴユリか。在来種にくらべて繁殖力が強く、一気に野生化しているとか。
かつてはセイタカアワダチソウが跋扈したが、この頃はススキが復活。
河原が菜種に占拠されたかと思ったら、こんどはオオキンケイキクに置き換わる。
野草の世界も流行廃りが激しいな。





2022/08/22

夜のあけるのが遅くなってきた。
朝の気温は少し下がったが、湿気が去らずまるで梅雨のよう。
今日も日中は34度の予想。厳しい日になりそうだ。

老母は低空飛行が続く。パーキンソンの症状もでて、歯磨きも難儀になり、
ついついかんしゃくを起こしてしまう。
早稲田の稲穂の色づき、虫の鳴くこえに慰められる。