2026/01/13

毎朝朝食後は10時半まで自習。そのあと買い物がてら自転車に乗って里廻り。
今日も暖かそうな陽射しに誘われて走り出し、いつもの無印でコーヒーを飲む。
ところがあれよあれよというまに時雨れてきたのでさぁたいへん。
干し物が気になり携帯を探したがいつものことながら不携帯。
近道近道を走り抜けて、本降りになる前になんとか自宅に滑り込んだ。 
 
明日は京都で授業。山陰線に乗るとこの季節でも少なからぬ外国人観光客が乗り込んでくる。ところが見ているとその十中八九がスマホをのぞいていて、車窓からの景色を眺める人はいない。遠いところからたくさんのお金と時間を費やしてやってきて、どうして?と思う。ところがよくみるとそれは日本人でも同じ。話はスマホ批判なのではない。小生が景色を熟視しがちなのは自分の人文的な関心からだと思っていたが、どうもそれだけではないようた。ちなみに「映像」「記憶」「障害」のキーワードでググってみると、ある種の症状がでてきて、だいたい当てはまってくる。一度見た景色をかなり正確に、映像として覚えていて、人間ストリートビューなどと自慢していたが、どうやらそれは発達障害の一つの症状でもあるらしい。父方の家系にそういう人物が時々現れ、現に我が家にもいる。たとえば駅前で地図を一度見たら、もうスマホもなにも見ずに目的地にたどり着く。しかも何枚かのレイヤーがあるらしい。精度はかなり低いが私もその口で、スマホのマップを開けるとかえって迷ってしまう。そして町を歩くといつも同じ場所で立ち止まり、同じ写真を撮っている。いい写真を撮ろうというのではなく、その対象を忘れないために。そういう自閉的なところがあるようだ。日常生活で困ることはまったく無く、むしろ豊かにしてくれているので気にはしないが。
 
お気に入りの場所へ行ったら梅のつぼみがわずかにふくらみ始めていた。
旧暦でいうと今日は11月25日。ほんとうの正月はまだ先なのである。
 
   炬燵出て歩いてゆけば嵐山    波多野爽波 
  
で、作者は実際にコタツをでたのかどうか という鑑賞上の議論があるらしい 
あなたはどっちに一票? 
 
 

 
 

2026/01/12

成人の日

今朝方は零下1℃に。それでもこの冬は暖冬とか。
近くの市民ホールで成人式。市の職員さんご苦労様。雪が降らなくてよかったね。
これで「一人前」に成ったと思ったら大間違い。なんのことはない、まぁ村の普請に出たら員数のうちに数えてもらう程度。65歳超えても、地元で90歳のばぁ様に「○○ちゃん」とちゃん付けで呼ばれたらそれまで。 道のりは長く時間は短い(笑)。
振袖姿を横目に前期・後期の高齢者で賑わうスーパーで、塩サンマを買って帰宅。
 
 

 

 

2026/01/10

新春坐禅会

年初の坐禅会へ午後彦根まで行った。
北へ行くに従い正面に白く輝く伊吹山が見えてくる。
石灰岩の採取で大きく形を変えているが、雪に覆われる冬は七難隠して神々しい。
外は14℃近くまであがって暖かだったが、法堂のなかはしっかり寒気をため込んでいて手強かった。ストーブに掛けた薬罐の湯の沸く音を聞きながら、二炷気持ちよく坐れた。茶の湯は親しまないが、なるほど茶室で炭の熾る音や湯の沸く音を聞くのはよいだろう。
 
外堀跡の公園でヤドリギを見つけた。葉を落とした古木に、緑のボールのような姿を表す不思議な生態の植物。西欧では生命力の象徴として神聖視されるという。フレイザーの名著『金枝篇』の金枝はこのヤドリギのこと。若いとき杉本秀太郎の随筆で知って、それ以来見つけるとかならず写真に撮る。 
 

正面に白く伊吹山手前は佐和山

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不思議な生態のヤドリギ 


 

2026/01/09

ユズリハと童歌

ここ数年の酷暑のせいだろう、庭木の勢が明らかに落ちている。
そうそう寒肥をやらないとと思い立って、近所のホームセンターへ。
リュックに肥料(発酵油かすのペレット)袋を放り込んでからあたりを徘徊。
このあたりもとはアカマツと雑木のはえる丘陵地だったが、いまやぎっしりと住宅で埋まっている。そのなかにひときは目立つのがガスタンク。もとは人里離れた所のはずだが、もうすぐ際まで住宅が迫っている。むろん問題があろうはずはないが、慣れないとちょっと落ち着かない景色ではある。
 
細道を山手に取ると田んぼが残っている。自転車を置いてあぜ道をたどっていくと、葉を落とした明るい藪のなかにユズリハを見つけた。正月と縁の深い木で「楪」の字をあてる。新旧の葉の更新がシームレスで、代を譲る、家の永続をイメージさせ、正月飾りに使われる縁起物だが、葉の鮮やかな緑と、茎の部分の赤との取り合わせが、寒い時期に生命力と活気を感じさせるのだろう。
 
 楪の紅ほのぼのと三世代  奥村直女
 
母が今時分になると毎年思い出したように「正月さん正月さん どこまでござった 三上山の麓まで 何もってごさった 袋に餅入れて ゆーずりゆーずりごさった」と歌ってくれた。正月神の来訪を囃すもので、母は湖東日野出身の母親からこの歌を覚えたらしく、もとをただせば近江の歌ということになるか。もっとも歌詞はいろいろなパターンがあり、ここには書けないような戯れ歌もあった。

 
タンク山 

 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

かろうじて残った山田の景色 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

林の中のユズリハ  葉の茎の部分が赤く遠目には赤い実のように見える 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふりかえると野小屋の向こうには大きな団地がひろがる


 

2026/01/08

丘の上に走る

週末から今季最強の寒波がやってくるとの予報。
年末にかり出して読み切れなかった本もあり前倒しで図書館へ返却にゆく。
となりの美術館ものぞいてから、あたりの雑木林へ入った。
 
 
平日ということもあり図書館もひっそり 

 









 

こりゃフカフカのしとね











ナラの古木 四本に分かれた幹がさながら輪になって踊るよう











ソヨゴ 彩りに乏しい季節にあって常緑の葉と赤い実のコントラストは目立つ これも生きていく戦略か



2026/01/07

授業のあとは

昨日はスーパーで買ったカブラを炊いて、若鶏のミンチで餡を作って掛け、その自然の香りを楽しんだ。若いときはこんなもののなにがうまいかと思っていたものだが‥‥。
 
さて、今日は新年初授業に出席。昨年後半から学んでいた馬祖から臨済に至る流れとは、また別の流れを形成した石頭・薬山・洞山・曹山の流れ、つまり曹洞宗と呼ばれる系譜の思想を、「本来性」と「現実態」を切り口にかなり詳しく学ぶ。先生ご自身は未来の和尚様を対象に、できるだけかみ砕いて話そうとしておられるようだが、なにせ若く優秀な先生だけに、かえってさらに詳しく深くなってしまう。老人にはその生真面目さに羨望の感をもつのだが、こっちはひとときもノートの手が休められない。濃い一時間半から解放されて、日なたでパンを食べてから半時間の坐禅に出席。今日は日差しが暖かく、背中がぽかぽか。気持ちよくて途中思わずコックリとしてしまった。
 
そんな好天なので、坐禅終了とともに今日もゆっくり歩き始めた。
西大路太子道を起点に山陰線にあたるまでは旧二条通を、二条城を北に避けて丸太町智恵光院に出てからあとはちょっと北にあがり以後堀川を越えて御所まで椹木町通を東進した。
暖かく、途中でマフラーも取ってしまった。
 以下歩いたままに。
 
旧二条通を東へ 

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

このあたりは通り名では表示されない 式部町の式部はもちろん平安宮の式部省 











二条城の西辺が見えてきた











二条公園(京都所司代屋敷跡)に咲く十月桜


 










椹木町通に入る この通は道幅もほどほどで町家も比較的よくのこる











町中らしい裏家の入り口


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

堀川通へ向かって進む 


 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもの仁丹看板 「上京区椹木町通黒門西入中御門横町」


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おなかが減ったので堀川のフレスコで京風メロンパン(どこが京風なのかは不明)
堀川の方を向いてモグモグ食べてしまう。 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに昔ながらの入山豆腐店でトッフル(豆腐ワッフル・TOEFLの洒落かな)を
その場でいただいてインバウンド気分 


 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは比較的新しい(といってももう半世紀)フジイダイマルの看板


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

さてと御所が見えてきた おしまい


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*本日の歩数は13,700歩 

 

 

2026/01/06

好天。しかも暖かい。さっそく自転車で買い物へ。
マイワシ頭取、里芋、豆腐、カブラ、若鶏ミンチ。これで今晩のおかず。
帰りにアンチョビーペースト(イタリア産)があったのでこれも入手。
トーストに塗ると美味。明日は新年初めての授業。

陽だまりではもうこんなようす 甘い香りがただよう

















今年の古本2冊目 『新版禅学大辞典』(大修館書店)以外に、禅籍を読むにはこれも必携。『禅語辞典』(思文閣出版 1991)絶版で高価なのだが、市価の半額以下で入手出来た



2026/01/05

古本始め

世間は今日から仕事始め。
小生今年の古本始めは、柏木隆法『千本組始末記』(1992 海燕書房)。
版元の事情で絶版は早かったが、求める者が多くのちに平凡社から再版されているようだ。
京都千本三条を本拠とした侠客千本組の三代目の親分で、若いときに文学とアナキズムの洗礼を受け、戦後の映画発展期には映画界の黒幕ともいわれた笹井末三郎の伝記。
伝記、評伝というのはどんな相手でも、少なからず自分を語ってしまうもの。
大学紛争時代の花園大学出身の作者の侠気も伝わってくる。ゆっくり読むつもり。
なんてのんびり読み始めたら上の息子が、「なんで買った? 図書館にあるのに……。」と。
すでに読了とのこと。図書館の本は図書館のもので俺の本じゃないと心の中で反論。
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 



 
本年1冊目の古本は500ページに近い力作

 


2026/01/04

暮れに買った大徳寺納豆。朝と晩、食事のおわりに少しお茶漬けを作り
そこへ一粒入れていただいている。
しばらくふやかしてから砕くと発酵由来の酸味が広がり豊かな気分になる。
ちゃんとしたすぐき漬にも似た酸味とうま味。 私は好み。

買い物ついでに湖畔の村を走ってきた。 
 
よく晴れたが風はさすがに厳しく、湖畔から離れて集落のほうへ 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

比良山の山頂部に激しくうごく雪雲 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昔浜だったところ ここから大津や膳所まで渡った 帰りは下肥船に。
明治時代には大津紺屋ケ関と結ぶ汽船も通ったというが、今やその面影はない。 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

田舟だな タツベが一つ転がっていた


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「渡海」と書いてわだつみと読ませている。いかにも湖辺の村らしくいわくありげだが
もとは熊野権現社といい、維新後に改名とのこと。

 

 

2026/01/03

半世紀目の特ダネ

元旦手にした新聞(毎日新聞)トップは、ロッキード事件の5億円の配布先を取り上げた。
オールドメディアなどと揶揄されるがこれは特ダネである。
ただ一番に感じたのは もう半世紀になるのかという感慨だった。もはや歴史である。
連日のように報じられる事件の奇々怪々さ、広がりと奥深さには当時田舎の高校生だった私も異様なものと映った。フィクサー小佐野賢治被告の「記憶にございません」は流行語にもなった。このような重要資料が立件に使われなかったのは、当局の戦術上のことがあったらしいが、明らかになっていたら世間の糾弾の声は数倍になったことだろう。またその背後に暗躍した闇の紳士方の姿には、現在も変わらぬ政治権力の裏面史を見る思いがする。それにしてもこの資料、毎日はどこからどうやって入手したのだろうか? 
 
 
雪はちらついただけでしたが今朝はよく冷えました クルマの上はカチカチに

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

2026/01/02

初漕ぎ

初売りも初荷も実質的には意味の無い言葉になってしまった。
一概に悪いことととは思わないが、年玉を握りしめて初売りを待ちかねたこと
初荷の賑々しさを覚えている者には、ちょっとさみしい気がする。
そんなわけで? 奥の座敷に飾ってある自転車のほこりを払って初漕ぎである。
最初のうちは腰の具合を気にしていたが、10分くらいで大丈夫と判断。
そのうち鼻歌(チキチキマシン猛レース)も出てきて一安心?だ。 
 
今日の夕方からは雪という。晴れてはいるが、風が身を刺すように冷たい。
最初は湖畔を走っていたが、途中でこらえきれなくなって旧街道に入り、
なんとか浜大津までたどりついた。
今年も健康に支えられて、自由きままに走れますように。
 

あけましておめでとうございます 和田の浜にて 明日の比良山は真っ白かな 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもは散歩の人も多い湖畔だが今日はさすがに‥‥ 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年の初撮り鉄はこれ 大津科学館跡のC57128(昭和15年三菱神戸造船所製造) 
経年の劣化はあれどボランティアさんによる手入れが行き届いていて今にも走り出しそうだ