2023/02/27

相撲取りの墓

好天。一気に春めく。
今日は父が亡くなってちょうど11年。月日の経つのは早い。
朝から仏壇に花を供え、その足で墓掃除も。

昼前に小一時間ばかり里廻り。
途中、墓地をのぞいたら相撲取りの墓らしきものを発見。
「荒砂重藏墓」とある。もしかすると侠客などの可能性もあるけど、
たぶん地元出身の力士だろう。歿年は安政とある。
「荒」の字がいかにもな感じだ。京相撲にでも出ていたかな。
相撲取りの墓は、その「力」にあやかって特別視される例が少なくない。
昔近所に道標を兼ねた力士の墓があった。
高校生の時それで始めて拓本を採って文化祭に出したのである。
道路工事でいつのまにかなくなってしまった。
ここはご子孫がおられ、墓域の中央に建てられている。
基礎の側面に並ぶ名前は兄弟弟子か門弟だろうか。



2023/02/26

日常

五時半。老母を起こしトイレとポカリタイム。
夏だけで無く冬も水分補給が大事らしい。
外をうかがうと道路にはないが屋根には数センチの積雪。
これが最後の雪景色になるだろうか。
二度寝は出来ないので、AMラジオを流しながらーストを食べ、
インスタントのコーヒーを飲んで朝食にしてしまう。
新聞を取る家が減ったためか、近頃は6時まわってようやく配達の音がする。
9時半(睡眠はだいたい3時間半単位)に朝食を食べさせる。
このところ通じが悪いので今日は飲み薬のほかに坐薬を追加。ようやく効果が現れた。
食べることと出すことは生きることの基本だな。
ただかなり体力を消耗するようで、すぐさま爆睡。

午後の軽食までは当方の自由時間。いつもとは逆回りに自転車を走らせる。
午後は荀子の自習。「性」のなかにあるという「心」の存在がどうもわからない。
じっさいここは昔から論点になっているらしい。少し調べて見よう。


*近所のドラム缶 なかなかいい味? 舐めたことは無いけれど。











*今朝は比良も比叡も冬景色。でもようやく晴れた。



2023/02/25

マーラー

老母の朝食をすませてから、ちょっと里廻り。
畑の梅は八分咲きというところ。桜のつぼみもぐんと大きくなってきた。
川辺ではカワセミが飛んでいる。
カワセミは深山幽谷に棲むイメージがあるが、なんの結構人里になれているのだ。
さて、今日明日で冬の寒さはおしまいという。
ほんとうだろうか?  陽は差しているのだが冴えない。もっと光が欲しい。

夜はマーラーの交響曲第8番を聴いた。これはほんとうにすばらしい。


*そろそろ灯油の買い納めを考えないと。


2023/02/24

柴田南雄

気圧の谷の通過で終日雨降り。
家から一歩も出ないで本よみ。午前中は荀子、そして午後は
マーラーつながりで柴田南雄(しばた・みなお)の本。
気に入ってさらに柴田の作曲したCDにも手を伸ばした。
どれも世に出てから40年近く経っている。
そのくらいこなれたものが口に合うらしく楽しんだ。
いや、もちろん内容がオツムに入るかどうかは別の話だが。

膵臓の養生のため間食は禁止にしたらかなり調子よい。
腹も身のうちというのはこのことかしら。
明日は今日よりが寒いらしいが、週明けからは一気に春めくとか。
それだけを信じて過ごしている。




















2023/02/23

このところ体調が今ひとつなのは、すい管の炎症のため。
飲み過ぎじゃありません。すい管の畸形のなせるわざ。
普段はおとなしくしているがストレスを溜めたり、
暴飲暴食するとすい液がすい管を溶かし始めるという仕組み。
これが炎症のもとで、もう学生のころからのながーいおつきあい。
慢性化していずれ膵臓癌とかはいやだな。あれはきついらしい。
コーヒー飲まないといいんだけど、これもまたついつい飲んでしまう。
そんなわけで一昨日から弱めの抗生物質のお世話になっている。
去年の今ごろもこんな感じ。これも季節の変わり目、私的風物詩ということかな。







2023/02/22

ようやく晴れる。
このところ下降気味だった体調も、なんとか持ち直してきた。
今日は湖畔の施設で仕事のつもりだったが、老母の課題がいろいろ出たので、
予定を変更して介護用品の買い出し。一箇所で揃わずウロウロ。
今どきなんでもアマゾンやモノタロウで買えるが、見ないとわからぬものもある。
午後からは車椅子に装着するアタッチメントも届けてもらった。
自転車走っているとまたまだ寒いが、陽光がまぶしいほどで苦にならない。
ありがたいな。
自習の荀子はいよいよ「性悪篇」にはいった。
「人の性は悪、其の善なるものは偽なり」
(人間の生まれ持っての本性は粗末なものであり、善というものは後天的な人為による。)
これですな。偽はニセではなく人為という意味。以下これを証明する文章が続く。非常に論理的だけれど、そこはそれ、ワープするところもあるわけで……。

*買い物の帰りにオールドデジカメでパチリ。ヒヨドリが椿の蜜を吸いに来ているようだ
 近づいても逃げない。標準ズームでは届かないが、雰囲気重視で。
 それにしてもこの椿はなかなかの古木である。






2023/02/21

昨日の夕方から雪起こしが吹き、夜半に静かになったので、
朝には積もっているかなと思っていたら、案の定数センチの積雪。
しかも昼を過ぎても止む気配がない。
気温がさほど低くないので道路を覆うことはないが、
3月が見えてきたところで雪空を見るのはちょいとつらい。
午前中ケアマネさんとの打ち合わせ、続いて訪問看護。
家族も「変化」を感じているが、老母はいよいよ終末期に入りつつあるようだ。

*雪の中で咲く



2023/02/20

好天。窓を全開にして空気の入れ換え。
半分寝ている老母をなんとか送り出してから、すぐに買い物。
日本三大祭りの一つ「春のパン祭り」が始まっていて、今年はお皿とか。
ついついつまらぬ菓子パンに手が伸びてしまう。
そのままどこかで散歩と思ったが、生もの多く帰宅してから自転車に跨がって里廻り。
寒気は去らず戸外では昼間でも8度くらい。午後はみるみる下がってきた。
これから週半ばにかけてまた冬型という。いわゆる「三寒四温」だな。














2023/02/19

 

荀子はいわゆる「性悪説」を主張して、それを矯正して善にする上で「礼」というのを重視したわけですが、写真は『荀子』の「禮論篇」で礼の起源から説き起こしてある。

冒頭のみちょっと読んで見ると

「禮は何に起こるや。曰く、人生まれて欲有り、欲して得ざれば則ち求むるなきこと能(あた)はず。求めて度量分界無ければ、則ち争はざること能はず。争へば則ち乱(みだ)る。乱るれば則ち窮す。先王は其の乱を悪むなり。故に禮儀を制し、以(もっ)てこれを分かち、以て人の欲を養ひ、人の求めに給す。欲をして必ず物に窮さず、物をして必ず欲に屈さず、両者相ひ持して長からしむ。是れ禮の起る所なり」

現代語訳しなくてもだいたいわかるが、
関心のある方は、たとえば荀子の現代語訳サイト「新読荀子」を参照してみてください。
どうもこれを読んでいると今流行のSDGs、持続可能な開発目標というのか。あれを思い出した。
しっかりした雨になった。生暖かい風まで吹いている。
春に向かう通過儀礼のようなものかな。
部屋の中はロープに掛けた洗濯物で満艦飾。
外に出られそうもないので、のんびりしている。

昨年から買い始めたのがマーラーの交響曲。
かつてのブーム時に出たものの中古だと、300円くらいで買えるのはありがたい。
そんな買い方なので、演奏者はバラバラ。指揮者違いで重複もある。
どれも「心地よい」というものではない。
心地よさが出てこのままゆくのかと思ったら、それに反するものが追い被さってくる。
ずれというか、ぶれというか。それがだんだんよいように感じてくる。
好みでいえばやはり9番と大地の歌がいいかな。
長い曲が多いので、途中で寝てしまうこともありますな……。


2023/02/18

陰気な話はほどほどに、久しぶりに撮り鉄。
琵琶湖線瀬田駅近傍 かつては湖を見下ろした白鳳寺院の跡から草津線回送電車をパチリ
ここに来るときは、いつも下を向いて、何か落ちてないかと探すけど、いまだ拾ったことがない。











荀子の天論篇で開陳される自然観(天人の分=自然と人間との分離)は面白い。

「雩〈あまごい〉して雨ふるは何ぞや。曰く、何も無きなり。なお雩せずして雨ふるがこどしきなり。日月食して〈日食・月食〉これを救い〈社でこれを防ごうと祈願する〉、天旱(ひでり)して雩し、卜筮して然る後に大事を決するは、以て求めを得となすにあらざるなり。以て文る〈かざる・装飾〉なり。」なかなかはっきり言いますね。

「天」を「宇宙の理法」ではなく「自然」と解する自然観を人や社会に適用していったのが、「性悪說」で知られる(本当の意味ではあまり知られていないけど)荀子らしいです。